ある女子大生が書いた作文が紹介された。
大学入学が決まり、親と離れて下宿生活をすることになり、明日が引越しという日の夜。いつもは遅くなる父親も「今日は最後の晩だから」と早めに帰宅し、「今日は忙しかったけど最後だし、がんばって作ったよ」という母親の手作りハンバーグで、妹、弟と共に家族5人最後の食卓を囲むことになる。 ハンバーグはありふれたメニューだが、家族みんなが大好き。いつものありふれた食卓で、ハンバーグを一口食べたとたん、涙があふれて止まらなくなる。まさか泣くなんて思ってもみなかったのに、次々涙がこぼれる。「あれ?泣いてるの?あなたが泣くとは思わなかった」と言いつつ、もらい泣きする母。さりげなくティシュを差し出してくれる父。いつも通りふざけあいながら、ハンバーグを取り合いする兄弟。涙と鼻でグショグショになりながら食べ続けたハンバーグはとてもおいしかった。あの日の味は一生忘れないだろう…。というもの。 ハンバーグを一口食べただけで涙があふれ出る。この女子大生は作文のなかで、「あのハンバーグにはすごい力があった」と言っている。けれど、すごいのはこの子の心。お母さんのハンバーグを一口食べただけで涙があふれ出るほど、この子のやさしい気持ちや親に対する感謝の気持ちが育まれていたということ。 誰がこの心を育んでいたのかというと、お父さん、お母さん、兄弟も含めた家族。娘のことを思って早めに帰ってきた父親。忙しくてもファミレスに行くのではなく手作りでハンバーグを作ってくれるお母さん。「あなたのことが大事」と思わせてくれる両親がいたから。 このように家族とともに食卓を囲み、大切に育てられてきた子どもたちが大学生になり、母親がしてくれたのと同じように手作りの食事をしているかというと、そうではない。 今どきの大学生の食事の実態は……。 「何を食べましたか?」というアンケート調査の一部(2009年のデータ) 学生A 昼:食べてない 夜:コンビニ弁当 朝:食べてない 学生B 昼:おにぎりとブラックサンダー 夜:カルボナーラ・コーンスープ 朝:食べてない 学生C 昼:サラダ 夜:アイス 朝:食べてない 学生D 昼:イタリアンバイキング 夜:もみじ饅頭・ミルクティー・スナック菓子 朝:インスタントスープ・もみじ饅頭・スナック菓子 学生E 昼:マクドナルドでハンバーガー 夜:インスタントラーメン 朝:食パンとコーヒー 学生F 昼:パン 夜:パン 朝:パン 学生G 昼:学食でカレー 夜:ファミレスでねぎとろ丼 朝:コンビニおにぎり 学生F 昼:なし 夜:焼きラーメン 朝:アイスクリーム 都会の大学、田舎の大学、私立、公立は関係なく、全国どこでもこんな感じ。 自炊をしている大学生はほとんどいない。 こういう大学生が社会人になり、急に料理ができるようになるか、結婚して子どもができるとできるようになるかというと、そんなことはない。 こういう若者が親になるとどうなるか。 赤ちゃんの離乳食コーナーが充実している。 若いパパとママたちは、子どもにこの離乳食を食べさせる。 しばらくすると、赤ちゃんも自分で何でも食べられるようになる。大人と同じものを食べられる。そのとき、若い親たちは料理を作るようになるか? 保育士130人にとったアンケート。「最近の保育園児の食生活で気になること、驚いたことは何ですか?」 ・朝ごはんを食べていない子どもが多い ・朝ごはんにケーキだけ、シリアルだけ、果物だけ、プリンだけ ・朝ごはんにポッキー。1歳児の朝食がカップラーメン ・朝ごはんにみそ汁を飲んだことがない ・朝ごはんにパンを食べる家庭が4割 ・朝食ぬきのせいか、10時のおやつをガツガツ食べる。昼食までもたない ・夕食に外食が多い。マクドナルドやファミレス、焼肉店など ・夕食にラーメンが何日も続く ・夕食がコンビニ弁当やファーストフード ・日曜になるとマクドナルドへ行きたがる ・子ども連れで21時すぎに居酒屋で食事をしている家庭がある ・外食の話が多い。1歳児のごっこ遊びにハンバーガー、ポテトなどの言葉が出てくる ・「一番好きな食べ物は?」と聞くと、「ラーメン!」と答え、そのラーメン屋さんの話で盛り上がっていた 今どきの保育園児はこんな感じ。でも保育園児に責任があるかといえばそうではない。 問題なのは、この子たちの親。では、この親たちを責めて問題が解決するかといばそんなことはない。この親たちも社会が作り出した被害者。そうやって育てられてきた。 いい成績をとりなさいよ。いい大学に入りなさいよと言って育てられた。「お母さん、なんか手伝おうか」と子どもが言っても、「宿題すんだの?宿題を先にしなさい」と言われ、料理をするより家事をするより、勉強をする方が大事という価値観が生まれていく。親に言われるがまま、一生懸命勉強し、いい高校、いい大学に入り、自炊能力のまったくないまま親になっていく。 こういう親も社会が生み出した結果。だから親を責めているだけでは何の解決にもならない。でも何かを変えていかなければならないー。 ************ *************** ******************** 佐藤先生は、最近の大学生や保育園児たちの食生活の現状を報告したあと、この現状を変えていくきっかけとして、「弁当の日」の取り組みについて話をされた。 「弁当の日」は2001年に、香川県の滝宮小学校の当時の校長・竹下和男先生が始めた。 家庭科で調理実習のある5・6年生が、月1回の「弁当の日」に自分で作った弁当を持ってきて給食の時間にみんなで食べるというもの。 たった1校から始まったこの取り組みは、全国の小・中学校、高校、大学にまで広がり、2012年現在、実施校は1000校を超えた。 「弁当の日」を始めた竹下先生が、「弁当の日」を卒業した最初の6年生に贈った言葉がすばらしい。 ********** ***** あなたたちは「弁当の日」を2年間経験した最初の卒業生です。 だから11回、「弁当の日」の弁当づくりを経験しました。 「親は決して手伝わないでください」で始めた「弁当の日」でしたが、どうでしたか。 食事を作ることの大変さが分かり、家族をありがたく思った人は優しい人です。 友達や家族の調理のようすを見て、技を一つでも盗めた人は、自ら、学ぶ人です。 細やかな味の違いに調味料や隠し味を見抜いた人は、自分の感性を磨ける人です。 旬の野菜や魚の、色彩・香り・感触・味わいを楽しめた人は、心豊かな人です。 一粒の米・一個の白菜・一本の大根の中にも「命」を感じた人は、思いやりのある人です。 食材が弁当箱に納まるまでの道のりに、たくさんの働く人を思い描けた人は、想像力のある人です。 自分の弁当を「おいしい」と感じ、「うれしい」と思った人は、幸せな人生を送れる人です。 シャケの切り身に、生きていた姿を想像して「ごめん」が言えた人は、情け深い人です。 登下校の道すがら、稲や野菜が育っていくのを嬉しく感じた人は、慈しむ心のある人です。 「弁当の日」で仲間が増えた人、友だちを見直した人は、人と共に生きていける人です。 家族が手伝ってくれそうになるのを断れた人は、独り立ちしていく力のある人です。 「いただきます」、「ごちそうさま」が言えた人は、感謝の気持ちを忘れない人です。 家族がそろって食事をすることを楽しいと感じた人は、家族の愛に包まれた人です。 先生たちは、こんな人たちに成長してほしくって2年間取り組んできました。 おめでとう。 これであなたたちは、「弁当の日」をりっぱに卒業できました。 ********** ***** (『弁当の日がやってきた』竹下和男著・自然食通信社より) 「弁当を作る」ということを通じて、子どもたちは企画力、段取り力、自己管理力を獲得していく。 昔なら、家庭での家事や仕事などの手伝いを通じて、こういう力を自然と身につけていたのだが、今はその機会もほとんどない。 子どもには本来、自分でできる力があるのに、それをさせない大人たち…。 私たち大人が、考えて行動しなければいけないし、時間をかけて見守っていかなければならないようだ。
by dodo-55
| 2012-03-30 17:00
| 食育
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