カテゴリ:作品展・個展( 3 )

普段の暮らしをいきいき伝える「今和次郎 採集講義…考現学の今」(国立民族博物館)

 いやぁ、これも学問だったんだ。昔のことを調べて研究する「考古学」に対して、日常生活の細かな観察を記録し、新たな視点で魅力や問題を探る研究を「考現学」というのだそうだ。
 国立民族博物館、通称みんぱくで特別展示されていた今和次郎のスケッチの数々は、もう面白くて、楽しくて。例えば、「郊外風俗雑景」は「途上商人のいろいろ」とあり、洗濯屋、うどん屋など屋台や大八車、かごや背負子で物を売り歩商人が描かれている。「2時間歩いてみて当たった犬」というのは、黒、白、ぶちなど出合った犬の毛の色を描いて表にしている。そのほか、「おしめの文様」や「茶碗の割れ方」など、こんなものまで…と思うようなものを、細かく調べて描いている。つまりはデータ収集なのだが、絵で描くとともに、それがそのままグラフや表で表現されていて、調査の結果が一目見てわかる。そして、そこから人々の好みや時代背景、世相まで見えてくる。
写真ではなく、スケッチで集めているところがイイ。

  柳田國男らとともに日本各地から朝鮮半島まで農村住宅を調査し、民家や屋内の生活用具、周囲の自然環境を詳細にスケッチ。関東大震災のあとは、がれきからありあわせの材料でバラック住居を作り始める人々の様子を記録。さらに、建築家、デザイナーとしての活動。日常生活を考察する「生活学」「服装研究」などの領域に至るまで、今和次郎の採集仕事の数々は多岐にわたる。
 これらの展示と合わせて、岡本信也・靖子両氏の「超日常観察記」の興味深いスケッチやタペストリー、NHKの朝ドラ「カーネーション」で使用された衣装、京都の随筆家大村しげの家財道具なども展示され、盛りだくさんの内容だった。

 なんでもない日常の生活や暮らしのなかに、これだけいろいろな研究や仕事のネタがあるということに、あらためて気づき、「考現学」の面白さにはまってしまった。
 そして―。まてよ。私が普段よく描いている絵は、考現学になるんじゃないか…と思ってみたり。
身の回りの何でもないものを、なぜか描きたくなり詳細にスケッチしてしまう癖。これは考現学者になる素質ありか。何か意味や目的があって描いているわけではなく、趣味なのかもしれないのだが。
d0182852_2210688.jpg

区民運動会でもらった景品や
d0182852_22103326.jpg

ミスタードーナツでいつも選んでしまうお気に入りのドーナツなど。
こんな絵からも、そのときの時代や世相や流行まで考察できるとなると、これは面白い!
[PR]
by dodo-55 | 2012-06-19 21:45 | 作品展・個展

しみじみいいなぁ。芹沢銈介展

京都市文化博物館で開催中の芹沢銈介展をしみじみと見てきた。
初めて彼の作品を見たのは、静岡の芹沢銈介美術館で。もう10年くらい前になるだろうか。静岡へ出張中、静岡新聞社の方から「ぜひ見てください」と案内されたのだった。それまで名前すら知らなかったのだが、美術館自体の空間の居心地の良さ、作品の鮮やかな色使いとデザインに魅了され、芹沢ファンになってしまった。
2回目に見たのが、滋賀県のミホミュージアムで。この美術館も建物がすばらしいのだが、入れ物に負けない作品の存在感が印象に残っている。
3回目となる今回は、郡上紬の制作者である宗廣陽助氏のコレクション展。屏風、反物、のれん、染め絵など約100点が展示されていた。

特に今回の展示作品は、沖縄の紅型や民藝の香りがぷんぷんしていて、私好みのものばかり。作品紹介の文章に「柳宗悦の提唱する民芸の思想と出会い、沖縄の紅型の色使いに大きな衝撃を受け、自らの作風を確立した」とあり、どうりで…と納得。
沖縄土産や机まわりの文房具や本、農具や民具など、何気ない身の回りのモノをデザインした屏風などを見ては、そうそう、私といっしょやわ…などと、恐れ多くも型染の人間国宝を相手にしてその感性に共通のものを感じるという、ひそかなうれしい時間を楽しんだ。

芹沢銈介の作品は「いろはにほへと」などの文字や「春夏秋冬」などの漢字を染めたもの、「ばんどり図屏風」(「ばんどり」とはみのの一種。北陸中部地方の言葉)や「みのけら図屏風」に見られるような民具を染めたものなど、あまりにも日常すぎてデザインしそうにないものに美を見出して、独特の世界を作り出している。
これはまさに「日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に用の美を見出し、活用する」民芸運動ならではの感性だろう。

職人さんの使う道具や昔の日用品に妙に惹かれる私は、そういうモノを見ると「絵が描きたい」と思ってしまうのだが、これも民芸運動の影響?
何でもデータ化、バーチャルの世の中で、古くさいかもしれないけれど、リアルな形から感じる何か、愛しみの気持ちを大切にしていきたいと感じた。
どんなものでも、いいものはしみじみといいのである。
d0182852_1036329.jpg

[PR]
by dodo-55 | 2012-06-01 17:57 | 作品展・個展

針と糸の時間

友人が習っているパッチワーク教室のキルト展を見に行った。
50数点の色とりどりの幾何学模様が、会場の壁面を飾る。
150~200cm四方の大作ばかりで、どれもこれも個性的。
(写真撮影禁止だったので、画像なしで作品を語るのは難しいが)

大きな作品なのに、模様を構成している布は小さく、それらを一つ一つ縫い合わせた針目は細かく規則正しい。これだけのものを仕上げるには、相当の根気と時間がいるだろうなと感心しつつ、作品に添えられたタイトルと作者からのメッセージを読んだ。

『思い出がいっぱい』という作品は、小さな菱形の布を6枚組み合わせた風車のような形がキルト全面を埋め尽くしている。200個ほどの小さな風車がくるくる回っているかのよう。
「いつの間にか沢山になった布たちは、どれもいとおしく、小さくても捨てられません。
小さな菱形はもうたくさん。角がきれいに仕上がらず、イライラの連続でした。
でも、離れて見ると悪くない!」

これだけの数、大変だっただろうな。作者の言葉に共感。

「パッチワークを習い始めて、初めての大作。猛暑の中、キルトを刺すのはもう、めげそうでした。作品は汗と涙の結晶です」
「大きな作品は初めて。大きさにとまどい、キルトとひと夏一緒に過ごしました」

暑かった夏の日も、ひたすら布と格闘されていたのがわかる。
それでも、チクチク針を動かす時間は、かけがえのない時間だったのだろう。

「キルトの完成が見えてくると、家事に追われながらもまた、今年の夏の暑さも忘れさせてくれました」
「布に振り回され、何度も挫折しそうになったけれど、一歩一歩できる喜びを感じ…」
「何も考えずに無心に針を運ぶ時間の幸せ感と、仕上がったときのうれしさは、何ものにも変えがたい」
「明るい色にも元気をもらい、ただただ重ねる針を進めていくのは、心が落ち着き、セラピーのようです」

教室の生徒さんはおそらく、仕事や家事や子育てに忙しい、家庭の主婦が多いのだろう。
作品に添えられたコメントから、作った人それぞれの人生が垣間見える。

「この作品を作っていたときは、私の人生で一番つらいときでした。いろんなことを乗り越えられたのも、このキルトのおかげ。赤い色にも励まされ、沢山の元気をもらいました」
「50代を迎えて、母との永遠の別れ、娘の自立、夫婦の時間…。これから先の自分にあてて、明るい気持ちで花束をささげよう」
「メガネ(老)をかけて初めての作品。メガネと共に、2枚目、3枚目と作品が増えていくことでしょう」
「薄青から濃青へ。幼年から少年へ飛び立っていくR君へ。祖母から願いを込めて」
「主人も物忘れがひどくなりましたが、教室の日には気持ちよく留守番をしてくれます。教室では長年お世話になっているけれど上達せず…。一番の理解者である主人がいつもほめてくれます」
「教室へ出かけるとき、毎回子ども達2人でしっかりお留守番をしてくれていました。母の趣味のために協力してもらって、感謝。子どもには何も残してあげられるものはありませんが、素敵なキルトを残せたら」

単純な幾何学模様に見えるが、布の色や模様で、自分の気持ち、家族への想いを表現している。
忙しい中での貴重な時間。小さな布を一針一針縫い合わせながら、楽しいこと、悲しいこと、うれしいこと、つらいこと、いろんな想いを合わせているのだろう。

子ども達への感謝の気持ちを表現していたのは、私の友人。素敵なお母さんになったなぁ。
彼女とは独身のころ、一緒に手芸教室に通っていた。
当時は刺繍、アップリケ、パッチワーク、刺し子、ビースやミラー、リボンを使った手芸など、いろいろな作品を作っていたが、お互い結婚して子どもができて、教室もやめてしまった。

友人はパッチワークが特に好きで、今も教室へ通っている。
私はといえば、仕事ともう一つの趣味であるスポーツに忙しく、子どもの破れたズボンの膝の繕いや給食用ナプキンに刺繍を刺すぐらい。
d0182852_1736397.jpgd0182852_1737069.jpg










でも、針と糸でチクチクやる時間は好きなので、いつでも使えるよう、裁縫道具は常に見えるところに置いてある。
今年の冬は久しぶりに部屋にこもって、何か作品を作ろうかな。
彼女をはじめ、素敵なたくさんの女性たちの作品を見たあと、針と糸の時間が恋しくなった。
[PR]
by dodo-55 | 2010-11-02 16:28 | 作品展・個展