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うさぎつながり

来年の干支は卯(うさぎ)。うさぎにまつわる彫刻や絵画などを取材するため、京都市内の4つの社寺をまわってきた。4つの場所は結構離れていたが、いつものように自転車で移動した。
1つめは、家から0.5㎞ほどのところにあるS神社、続いて南東へ3.5㎞のO神社。
そのあと、撮影用にあずかった2つの神社のお守りやおみくじを届けに、南へ4㎞の編集プロダクションへ移動。3つめの取材先であるK神社ははそこから北へ5.5㎞。近くのカフェでお昼を食べてから、取材。4つめは一番遠くて西へ7㎞。約束時間ぎりぎりにD寺へ到着した。

結局、家までの総移動距離は30㎞を超えていた。今回は取材時間より移動(自転車をこいでいる)時間の方が長かったが、こういう体力勝負の取材は得意。雨が降らなくて、よかった。
取材をしていて気づいたのだが、来年は年女だった!
12年前の卯年は―――
結婚して、仕事も忙しく、トライアスロンも現役バリバリでやっていたころ。
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その年の年賀状には、「脱兎のごとく12年。今年は少しスピードをゆるめてやっていきます」と書いた記憶がある。
その卯年の終わりに子どもを授かり(産んだのは寅年)、あっと間に一回りしてしまった。
スピードをゆるめたつもりでも、相変わらずバタバタと走りまわっているような。ウサギのように軽やかに、ピョンピョンとはなかなか飛べないようで。
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by dodo-55 | 2010-11-29 21:37 | 仕事で

男の子たち

「ただいま~!6人ぐらい来るし~」。学校から帰った息子が、階下で叫ぶ。
すぐに「こんにちは~」と何人かの声がして、男の子たちの声がにぎやかに聞こえ出す。
時計を見ればちょうど3時。仕事の手を止めて、2階から台所へ下りる。
すでに母がポップコーンを作ってくれていた。ちょうど大き目の鉄鍋にバターとコーンを入れてふたをしたところ。しばらくすると、ポンッポンッとはじける音とともに、香ばしいバターの香りが漂いはじめた。
「あっ。ポップコーンのにおい!」ゲームをしながら、匂いに気づいた子がひとり。
できたてのアツアツに塩をかけて大皿にのせて運んでいくと、7人の手がいっせいにのび、あっという間になくなった。

さて、今度は私の番。押入れからたこ焼き器を出して、コンロにのせる。
タコはないから、あり合わせのもので。ベーコン、もち、チーズを小さく切って入れる。焼けたら、ソースをぬって、青海苔かけて。
「はい、どうぞ」「わ~っ。たこ焼き?」「ちがう。タコは入ってへんから、ただの『焼き』やで」
「焼き、いただきま~す」
リビングは広いのに、せまいソファにぎゅうぎゅう詰めに座った男の子たちがゲームをしたり、マンガを読んだり。その手が一斉にたこ焼きならぬ「焼き」に集中。これまた、あっという間になくなった。
1時間ほどポケモンに興じていた7人は、その後鴨川へ遊びに出て行った。

5時を回って、息子が一人で帰ってきた。私の仕事部屋へ入るなり、「母ちゃん、見て」。全身枯れ草まみれ。
うわぁ~。そんなんで部屋に入らんといて! なんでよりによって白いセーターを着てる日に…。
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草むらをころげまわったり、くっつき虫をいっぱい集めて、敵味方に分かれて投げあい、どれだけ相手にくっつけるかの競争をしたらしい。
「とりあえず、そのセーター早よ脱いで!」。受け取ったセーターは枯れ草だらけ。はたいても取れないので、一つ一つ指でつまんで取るしかない。
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背中に一つ、戦いのなごりが…。
家に帰ったほかの6人には何個残っていたかな?
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by dodo-55 | 2010-11-20 21:32 | 悪ガキ

やっぱり、冬仕度

裏のお寺の桜の葉が紅葉し始めると、やっぱり物干台が淋しい。
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結局、母も私もどうにも物足らず、今年も漬けることにした。
上賀茂の農家のおばちゃんに電話し、大根50本を注文。
今朝、いつもの軽トラで届けてくれた。「昨日、商いが終わってから、抜いて洗ったんや」。
中澤さんなので「なかちゃん」と私たちが呼んでいるおばちゃんは、今年83歳。旦那さんが亡くなってからも一人で畑を続けている。母が嫁いできたころは大八車で、最近は軽トラを運転して週に1度、育てた野菜を売りに来る。
軽トラから下ろした大根を玄関へ運ぶ。「形の悪いのやら10本ほどおまけしといたしな」となかちゃん。
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「これだけ全部一人で抜いて洗って、その歳ですごいなぁ」と母も感心している。
「コレもおまけしとくし、漬けたらええわ」とくれたのは、日の菜と赤かぶ。
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とりあえず、大根を4回に分けて2階の物干台へ運び、せっせと並べた。
息子に手伝わそうと思ったが、もう、学校へ行ったあと。
今年の大根は、おちびちゃんや二股ちゃんが多い。
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何だか、電車の座席に座っている人のようにも見える。
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隣席の人にもたれかかってうとうとしている人。
窓の方を向いて、外の景色を眺めている人。
大根たちのおしゃべりが聞こえてきそう。
みんなそろって「漬物駅」に向かう電車の旅だ。
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by dodo-55 | 2010-11-16 21:56 | 家事・家仕事

お茶にしよう。

ときどき、抹茶が飲みたくなる。
特にいただきものや、特別に買ってきたお菓子があるときは。
今日は仕事帰りに吉廼家(よしのや)さんで「おとぎ草子」を買ってきた。
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お菓子はどれも直径が2.5cmほどのミニサイズ。季節の花や果物をかたどった練りきり、寒天、饅頭など、一つ一つ手作りされた可愛い和菓子が、10cm四方の小さな箱に入っている。
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包装も可愛くて、包み紙やひも、飾りの花も季節によってちがう。
今回は栗の枝がついていたが、5月は水色の包装紙に菖蒲が添えられていた。




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箱の中に入っている楊枝もおしゃれ。
パステルカラーの着物をまとったような、包みが愛らしい。

お茶(茶道)は習ったことがないので作法もわからないし、堅苦しいのはイヤなので、普段の食卓で簡単ティータイム。
好きなお菓子を2つずつ小皿にのせて、自分でお茶をたてる。
セルフサービスの立礼式だ。
母はお茶をやっていたので、慣れた手つきで。私はまったくの我流。息子は見よう見真似で、なんとか。
今回、息子のお茶だけは特別だ。日曜日に上賀茂神社のイベントで、自分で石臼を引いて抹茶作りを体験したときの抹茶なのだ。
石臼引き体験の列に30分並び、結構重い石臼を5分間回しても、できたのはほんのわずか。その粉をもらって大事に持ち帰り、自分でたてて飲むとは、なかなかできない体験だ。

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ちっちゃいけれど本格派の和菓子と自分でたてたお茶で、一服。
ひとときのほっこり時間だった。
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by dodo-55 | 2010-11-12 10:40 | お菓子

あたり前田のクラッカー

「母ちゃん、コレ食べかけやけど、残り食べてもええよ。あたり前だのクラッカーやで」。
小学校で開催されていた「ふれあい広場」(イベントや屋台が出る地域交流のお祭)から帰ってきた息子が、机の上に袋をポンッと置いた。射的で当てた景品のお菓子らしい。
ふ~ん、クラッカーか…と手に取った袋を見ると、「あたり前田のクラッカー」の赤い文字が!
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「あたり前田のクラッカー」とは、亡き父が時々使っていた言葉。
それが何のことだか知らずに、私や息子もいつの間にか、「あたり前や」と言うときには「あたり前だのクラッカーや」と、変なおやじギャグを言ってしまうようになっていたのだ。
これか!このことやったんか。それにしても、こんな名前のクラッカーが存在するとは…。

袋の裏を見ると、製造元は前田製菓。ホームページによると――
1918(大正7)年創業。戦後まもなく、現在もロングセラーのヒット商品となっている「ランチクラッカー」の発売を開始。
1958(昭和33)年にはハンドオーブンを導入。これをきっかけにお菓子のオートメーション化を推進。
1962(昭和37)年には、「てなもんや三度笠」のテレビ放送が開始され、番組内で流れる「あたり前田のクラッカー」のフレーズも全国区になる。

おお!まさしく、このフレーズ。
テレビの時代劇風コメディ番組「てなもんや三度笠」の中で、藤田まこと扮するあんかけの時次郎が、悪役をバッサリ斬り捨てたあと、懐からクラッカーを取り出し、「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー」と見得をきる。
前田製菓は、この番組の提供スポンサー。にしても、番組のあとにCMを流すのではなく、番組中にセリフで言わせるとは、スゴイ。しかも、この番組、視聴率が50%だったらしいから、毎回登場するこのフレーズが流行語になるのも当然だろう。
ちなみに、この番組に出演していた財津一郎の「…してチョーダイ!」も同じく流行語になったらしい。

う~ん。歴史あるお菓子だったんだなぁ。
私が生まれる前からあったお菓子だったとは…。
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by dodo-55 | 2010-11-11 10:16 | お菓子

納豆パックの進化

いつもと違うメーカーの納豆を買ったら、パックのようすが違っていて驚いた。

いつものは、ふたを開けると、納豆の上にセロファン、その上に醤油とからしの小袋がのっているタイプ。たいていはセロファンに納豆が何粒かくっついていて、それを取るのがうっとおしい。
さらに、ネバネバのセロファンを机や食器につかないように置いたり、たたんだりするのがめんどう。
手がべとついて、しょうゆやからしの袋を開けるのに手間取ることが多い。

今回買ったものは、醤油とからしは外の凹んだ部分に入っていて、醤油袋の切り口も開けやすい。
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さらに、別のメーカーのものは、醤油がジェル状になって中に入っている。
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どちらも、いつもよりささっと納豆を混ぜる作業にかかれて、「これ、いいねぇ~」となった。

それにしても、今でこそあたり前のように納豆を買っているが、私が納豆を食べ始めたのは30代になってからだ。
もともと関西ではあまり納豆を食べなかったから、私が幼いころは食卓に並ぶこともほとんどなかった。
「体にいいから」とたまに父が買ってきて食べることもあったが、そんな時は、「何かくさい~」と匂いで気づき、入った器は食卓の端っこの方に置いたり、「冷蔵庫に入れんといて。匂いが移る」と言って嫌っていた。

学生のとき、学食で納豆の入った小鉢を取った友人に、「納豆食べられるの?」と聞くと、「えっ?これが、納豆! 煮豆かと思った…」と言われ驚いたこともあった。その友人の家では、納豆を見たことさえなかったらしい。

今では、関西のスーパーでもたくさんの銘柄の納豆パックが並ぶようになったし、テレビでの放映がきっかけで、納豆の棚が一時的に空っぽになる騒ぎもあった。
わが家でも、納豆かけご飯だけではなく、揚げ納豆や納豆入りチヂミなど、納豆料理のメニューも増えた。
添付の調味料やパックも各メーカーがいろいろ工夫しているのは、それだけ納豆人口が増えたということだろうか。
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by dodo-55 | 2010-11-04 10:25 | 食べ物飲み物

針と糸の時間

友人が習っているパッチワーク教室のキルト展を見に行った。
50数点の色とりどりの幾何学模様が、会場の壁面を飾る。
150~200cm四方の大作ばかりで、どれもこれも個性的。
(写真撮影禁止だったので、画像なしで作品を語るのは難しいが)

大きな作品なのに、模様を構成している布は小さく、それらを一つ一つ縫い合わせた針目は細かく規則正しい。これだけのものを仕上げるには、相当の根気と時間がいるだろうなと感心しつつ、作品に添えられたタイトルと作者からのメッセージを読んだ。

『思い出がいっぱい』という作品は、小さな菱形の布を6枚組み合わせた風車のような形がキルト全面を埋め尽くしている。200個ほどの小さな風車がくるくる回っているかのよう。
「いつの間にか沢山になった布たちは、どれもいとおしく、小さくても捨てられません。
小さな菱形はもうたくさん。角がきれいに仕上がらず、イライラの連続でした。
でも、離れて見ると悪くない!」

これだけの数、大変だっただろうな。作者の言葉に共感。

「パッチワークを習い始めて、初めての大作。猛暑の中、キルトを刺すのはもう、めげそうでした。作品は汗と涙の結晶です」
「大きな作品は初めて。大きさにとまどい、キルトとひと夏一緒に過ごしました」

暑かった夏の日も、ひたすら布と格闘されていたのがわかる。
それでも、チクチク針を動かす時間は、かけがえのない時間だったのだろう。

「キルトの完成が見えてくると、家事に追われながらもまた、今年の夏の暑さも忘れさせてくれました」
「布に振り回され、何度も挫折しそうになったけれど、一歩一歩できる喜びを感じ…」
「何も考えずに無心に針を運ぶ時間の幸せ感と、仕上がったときのうれしさは、何ものにも変えがたい」
「明るい色にも元気をもらい、ただただ重ねる針を進めていくのは、心が落ち着き、セラピーのようです」

教室の生徒さんはおそらく、仕事や家事や子育てに忙しい、家庭の主婦が多いのだろう。
作品に添えられたコメントから、作った人それぞれの人生が垣間見える。

「この作品を作っていたときは、私の人生で一番つらいときでした。いろんなことを乗り越えられたのも、このキルトのおかげ。赤い色にも励まされ、沢山の元気をもらいました」
「50代を迎えて、母との永遠の別れ、娘の自立、夫婦の時間…。これから先の自分にあてて、明るい気持ちで花束をささげよう」
「メガネ(老)をかけて初めての作品。メガネと共に、2枚目、3枚目と作品が増えていくことでしょう」
「薄青から濃青へ。幼年から少年へ飛び立っていくR君へ。祖母から願いを込めて」
「主人も物忘れがひどくなりましたが、教室の日には気持ちよく留守番をしてくれます。教室では長年お世話になっているけれど上達せず…。一番の理解者である主人がいつもほめてくれます」
「教室へ出かけるとき、毎回子ども達2人でしっかりお留守番をしてくれていました。母の趣味のために協力してもらって、感謝。子どもには何も残してあげられるものはありませんが、素敵なキルトを残せたら」

単純な幾何学模様に見えるが、布の色や模様で、自分の気持ち、家族への想いを表現している。
忙しい中での貴重な時間。小さな布を一針一針縫い合わせながら、楽しいこと、悲しいこと、うれしいこと、つらいこと、いろんな想いを合わせているのだろう。

子ども達への感謝の気持ちを表現していたのは、私の友人。素敵なお母さんになったなぁ。
彼女とは独身のころ、一緒に手芸教室に通っていた。
当時は刺繍、アップリケ、パッチワーク、刺し子、ビースやミラー、リボンを使った手芸など、いろいろな作品を作っていたが、お互い結婚して子どもができて、教室もやめてしまった。

友人はパッチワークが特に好きで、今も教室へ通っている。
私はといえば、仕事ともう一つの趣味であるスポーツに忙しく、子どもの破れたズボンの膝の繕いや給食用ナプキンに刺繍を刺すぐらい。
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でも、針と糸でチクチクやる時間は好きなので、いつでも使えるよう、裁縫道具は常に見えるところに置いてある。
今年の冬は久しぶりに部屋にこもって、何か作品を作ろうかな。
彼女をはじめ、素敵なたくさんの女性たちの作品を見たあと、針と糸の時間が恋しくなった。
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by dodo-55 | 2010-11-02 16:28 | 作品展・個展