<   2012年 02月 ( 2 )   > この月の画像一覧

食べることは生きること「食育祭 in させぼ」(2)

1月28日に開催された「食育祭 in させぼ」の講演会のテーマは、「食べてつながる命、育つ心」。講師は九州大学大学院農学研究院助教の比良松 道一先生。研究室の女子学生が始めた「弁当の日」に参加し、食育に目覚め、専門の研究の傍ら、大学生が自ら弁当を作って交流する「大学生版・弁当の日」の実践をしている。

講演で聞いた話から ***********

小学生に質問。「朝ご飯を食べましたか?」
 ほとんどの小学生が「食べた」と答える。
「なんで、食べるの?」
 いろんな答えが出たなかで、「食べないと死ぬから」と答えた子どもが一人。
 「食べなければ死ぬ」ということをわかっている子どもたちがいない。今の子どもたちには、飢餓体験もない。「生きるために食べる」ということがわからない。飽食の世の中で、食育を考えていくことは難しい。

「この1週間で何㎏食べましたか?」
 小学生でも1日2㎏、1週間で14㎏は食べている。でも、体重が14㎏増えるわけではない。
「あなたが食べたものは、どこへ行きましたか?」
 1週間で15㎏食べたとして、便で6㎏、汗で3㎏、息(炭素)で6㎏体から排出されている。
 動物が吐き出した二酸化炭素を使って、植物が体を作り、それを動物が食べる。命はつながっている。
 「You are what you are」
 命とは、毎日、こわされながら、つくられています。命とは流れです。

大学生に質問。「日本の農業は大切ですか?」
 大学生の98%が「yes」と答える。
「なぜ、大切なのですか?」
 大学生は日本の食料自給率を気にしている。日本で育てられた米や野菜を食べなければいけないという思いはある。

「いつ、どこで、誰と、何を食べましたか?」(アンケートを実施)
 大学生の4割が自炊をしていない。4割が朝ご飯を食べていない。2割が大学に入ってからご飯を炊いたこともない。学食では定食(多品目を食べる)が売れず、丼物やうどん(単品)が売れる。

誰が日本の農業を支えているのか?(農家は日本人の3%)
この大学生たちは、小学校のころ、「早寝、早起き、朝ご飯」と教えられ育ってきたはず。
教育が「森を見て、木を見ず」であるから、いけない。

肉に注射針をさし込み、脂を注入するインジェクション処理した「霜降り肉」。
「やめられない、とまらない」のは、それがドラッグだから。
2年後でも大丈夫な(腐らない)コンビニのシュークリーム。死なない食品=「ゾンビ食品」という。
今の世の中には、こんな「食べ物」がいっぱい。

「何を食べるか」も大事だが、「どう食べるか」も問題。
大学生の56%が「一人で食べる」と答えている。
東京大学のトイレ内に「タバコ×、落書き×、食事×」という張り紙がある。 
「人に食べているところを見られたくないから」と、トイレで食べている人がいる…という事実!!

日本にはたくさんの捨てられる命がある。
日本人が1年間に捨てる食べ物は、2000万トン(福岡ドーム13個分)。
日本人が1年間に作るお米は1000万トン。

小学校の給食の残飯は、1割で優秀な方。ほとんどは、もっと多い。
残飯がゼロの学校は、月1回の家庭科の時間に「弁当の日」を実施していた。
 ※「弁当の日」とは、香川県綾川町立滝宮小学校に勤務していた竹下和男校長が、子どもと家庭に「くらしの時間」を増やすことを目的に、2001年から始めた試み。献立作りから、買い出し、調理、箱詰めまで、親は一切手伝わず、子どもだけで作るのが特徴。

「弁当の日」に、親が弁当を作った子どもは、弁当を隠し、自分で作った子は堂々と見せる。
誰かに見てもらって、みんなで食べた方がいい。子どもにあこがれを見せると、どんどん自分の力でやるようになる。小さい子どもはうらやましがり、小さいうちから練習しようとする。小さいころから「お母さん、教えて」と言うようになる。

大学生がおかず1品持ち寄りの「弁当の日」を実施。
大学生は「いただきます」の瞬間に、自分のだけが残ったらどうしよう…と思っている。だから、人のおかずをほめたり、レシピを教えあう。そして、「弁当の日」の感想文に、高校時代、毎日母親が弁当を作ってくれたことに対する感謝の言葉が綴られる。

*****************************

私が食について危機感を持ち始めたのは、10年ほど前。当時の大学生の食生活にショックを受けたからだが、10年経ってさらに状況はひどくなっている気がする。

私自身は、高校生のときまでほとんど料理をしなかったが、大学生のときの一人暮らしで鍛えられたと思う。当時はコンビニもなく、田舎だったので外食できるところも限られていて、自分で作るしかないという状況ではあった。おまけに、電子レンジもなく、冷蔵庫も冷凍室のない1ドアのものだったし、台所は下宿で共同。時間を工夫してどうにか毎日自炊していたものだ。
でも、今や、どんな田舎に行っても、コンビニも自動販売機もあるし、食べようと思えばいつでもどこでも食べ物が手に入る。

学生から始めていては遅いのかもしれない。幼児や小学生のうちから、きちんと伝えていかなければ、一生自分で作ることも、その必要性も感じないままに終わってしまうかも…。

「弁当の日」の取り組みとその後の子どもたちの変化については、『食卓の向こう側』(西日本新聞社)を読んで、西日本新聞社の佐藤弘さんの講演を聞いて、マンガ『玄米せんせいのお弁当箱』(小学館)を見て共感している。京都でも何とかして広めていけないかなぁと考えているところ。

食育は難しいし、すぐに結果が出るものではないのだが、できることから少しずつ始めていこうと思う。続けることで、広がっていくということは、今回の食育祭で実感できたから。
d0182852_20573555.jpg

これは、講演者の比良松先生が、「弁当の日」に家族と一緒に作ったもの。楽しそう!
[PR]
by dodo-55 | 2012-02-25 11:36 | 食育

パワーを実感 「食育祭 in させぼ」(1)

「食育」という言葉はあまり好きではない。というより、どうも体にしっくりこない。

「食育」という言葉は、石塚左玄が1896(明治29)年・1898(明治31)年の著作のなかで、「体育知育才育は即ち食育なり」と造語したもの。「子どもに食べさせる食品の影響によって子どもの心身を養う」という意味で用いた。
彼の著書を読んで共感していた報知新聞編集長の村井弦斎が、1903(明治36)年に連載していた人気小説『食道楽』の中で、「食育」という言葉を使用した。(フリー百科事典『ウィキペディア』より)

そんな明治時代の造語が、広く使い出されたのはここ10年くらいのこと。平成17(2005)年に「食育基本法」が成立してからは、やたら耳につき始めた。
外食産業や食品製造会社、食関係の出版社に勤めた経験から、仕事で「食」に関わることが多かった私は、ずっと「食」に関心を持ち続けてきたが、「何かおかしい。何とかしなければ」と危機感を持ち始めたのも、ちょうどそのころからだ。

危機感を感じたのは、一人暮らしの学生向けの料理本の編集がきっかけだった。資料として読んだ『食卓の向こう側』(西日本新聞社)の影響も大きい。何かしなければ。私にできることは?と、ずっと気になりながらも、具体的に動くとことができずにきた。
昨年2月に「全国食育交流フォーラム」(三重県・モクモクファームで開催)に参加したのも、今回「食育祭 in させぼ」に行ってみたのも、『食卓の向こう側』つながりだ。「食」を取り巻くさまざまな問題を、「できることから何とかしたい」と、そのヒントになりそうな何かを求めて動いてみると、「食育」という言葉に出会うことが多くなってきた。

「食育祭 in させぼ」は、長崎県佐世保市に事務局のある「大地といのちの会」主催のイベント。『食卓の向こう側』の中でも登場した吉田俊道さんが代表を務めている。吉田さんは生ごみリサイクルで生まれた土で元気な野菜を育て、食べることで、いのちの大切さを伝える活動をしておられる。
「生ごみリサイクル元気野菜」の取り組みに共感した私は、昨年春に佐世保の事務局まで出かけ、詳しいやり方も教えていただいた。講師の一人である中尾慶子さんが、大学の後輩であることがわかり、精力的に活動されていることを知り、刺激になっている。

食育祭は今年が第6回。メインの講演会をはじめ、昔ながらの製法で取り組む農産物や加工食品の生産者による展示・販売会、元気野菜や発酵食品の食べ比べ、、クッキングコンテスト、試食会、血管年齢や骨密度測定、保育園や小中学校の取組の紹介や展示など盛りだくさん。
昼食用に販売されていた弁当も、健康的な美味しいお弁当で、大満足だった。
d0182852_4465890.jpg

保育園の熱の入った展示、その取り組みのパワーには圧倒された。
d0182852_21452390.jpg

d0182852_21414279.jpg

熊本・南阿蘇地方に伝わる伝統的な「ふさ切り」で作った切干大根。
d0182852_21472843.jpg

試食もさせてもらい、「帰ったら作ろう」とレシピもいただいた、子どもに食べさせたいおやつ。
d0182852_450369.jpg

納豆も手作り!の保育園。「ワラが手に入りにくいでしょう?」の質問に、「園長先生の家で育てたワラです」と保育士さん。いい環境にあるんですね~。
d0182852_21513116.jpg

節分の日の給食メニュー。豆は煮豆に、金棒はイワシのすり身でできてる。鬼の顔が巻き寿司。
d0182852_21524761.jpg

こんな野菜も、
d0182852_2153989.jpg

こんな果物も、すべて園庭の畑や木から収穫して食べるなんて、うらやましい限り。
d0182852_21541957.jpg

中学1年生が「弁当の日」に、こんな弁当を自分で作れるとは!
d0182852_451551.jpg

「弁当の日」に取り組んだ中学生の感想文には「感謝」の文字が多い。これこそ「食育」だ。

息子がお世話になった保育園も、給食や子どもクッキングには力を入れておられたので、親としては6年間本当にありがたかったのだが、九州の保育園のレベルの高さには驚いた。
ここで展示されていた保育園のほとんどが、「大地といのちの会」の「生ごみリサイクル元気野菜」に子どもたちと一緒に取り組んでおられる。

ある保育園では、だしの飲み比べをされており、試飲させていただいた。一つは昆布とアゴ(=トビウオ・九州では一般的)、野菜の皮やヘタから取っただし、もう一方は粉末のだしの素で作っただしである。
昆布や野菜で取っただしは、いろんな甘みや旨味が口の中に広がる感じ。だしの素で作った方は、飲んだ直後は「美味しい」と感じるのだが、味が単調。園長先生は、「だしの素は塩気ばかりが立つ。野菜だしは調味料をほとんど加えなくても味がある」と話された。この園では、育てた野菜をできるだけ皮ごと、まるごと食べ、残った皮や芯、芽の部分はだしを取るのに使っている。そこまでできるのは、元気な野菜、それが育つ健康な土があってのことだ。そんな元気な野菜を食べて育つ園児たちもまた、元気いっぱいの健康優良児なのだろう。

土から野菜、人間のいのちまでつながっていることを、実感できる展示だった。
[PR]
by dodo-55 | 2012-02-20 21:32 | 食育