昭和の暮らし ケの日 「昭和のくらし博物館」

 「昭和のくらし博物館」(小泉和子著/河出書房新社)という本が私の手元にある。 ちゃぶ台、火鉢、湯たんぽ、足踏みミシン、ねんねこ半纏など、本に登場するモノや暮らしの写真が懐かしく、時々、何度もページをめくっては楽しんでいる。
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 この本の著者で生活史研究家の小泉和子さんが生まれ育った実家は、そのまま「昭和のくらし博物館」として保存、開放されている。 
 東京でライター仲間との勉強会に参加したとき、ふと思い立ち、以前から気になっていたこの博物館へ行ってみた。

 博物館があるのは東京都大田区久が原。東急池上線の久が原駅から、商店街や住宅街を10分ほど歩く。地図によると、目印になる医院の脇の道を入ったころにあるはずなのだが、それがまた道というにはあまりに細いすき間のような道で、行き止まりではないか…とドキドキしながら進むと、突き当りを曲がったところに、あった! 思わず駆け寄りたくなるような、かわいい家。
 昭和26年に建てられたというその家は、建坪わずか12坪。玄関を入ると小さな洋間が1つ。四畳半の茶の間に小さな台所が付いて、その奥に6畳間。2階は4畳半の和室が2部屋だけ。ここに、当時は著者を含めて4人姉妹と両親、下宿人まで住んでいたのだそうだ。

 「下宿」という言葉も今ではあまり使わなくなった。昔の学生は「一人暮らし」ではなく、たいていは間借りの下宿生活だった。私の家も下宿をやっていて、1軒家を一部屋ずつ3人の学生に貸していた。私が大学生だったときも、大家さんの離れに下宿だったし、お風呂はもらい湯、電話は呼び出しだった。

 家が小さい割には庭は広いなぁと思っていたら、敷地は55坪あり、建坪は制限があって1,2階合わせて18坪ぎりぎりだそうである。物干し台が見あたらないので、洗濯物は庭に干していたんだろうなぁ。サザエさんの家みたいだなと思っていたら、「庭で畑をやったり、鶏も飼っていたそうです」とは学芸員さんの話。 

 この家に再現されているのは、昭和20~30年代。私は38年生まれだから、もう少しあとの時代になる。それでも、どこを見ても、何を見ても、懐かしい思い出が次々あふれ出て、興奮気味だった。ちゃぶ台に置かれていたアルミの弁当箱は、今も家で使っているし、木の文机やミシン(足踏みだったものを電動に変えてはいるが)も現役だ。新しいのものに変えればいいのだが、使い続けて古び、色あせ、手や部屋になじんできた、何ともいえない味わいに手放せないのだ。

 今は博物館として開放しているけれど、丁寧に使い直しながら少し前までご家族の方が住み続けていたのだそうだ。やはり家は、人が住み続けてこそ生き続ける。京都も古い空き家が増えているが、住み手のない家はあっという間に朽ちていく。京町家ブームで飲食店などの店舗に生まれ変わる家も多いが、それはちょっと違う気がする。単に入れ物として残すのなら、それも一つの方法なのかもしれないが。そこにはもう、暮らしがない。
 「昭和のくらし博物館」は、単に家やモノだけが保存されているのではなく、匂い、音、声までもリアルに残っているような気がする。家やモノにまつるわるいろんな物語が、いっぱいいっぱい詰まっている。




 
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# by dodo-55 | 2012-07-26 10:34 |

ボラカイ島(フィリピン)が「世界で最も優れた島」に

 先日、東京からの帰りの新幹線の中で、何気なく電光ニュースを見ていたら、「ボラカイ島」という文字が目に入ってきた。次々と流れていく文字をもう一度読んでいくと、「米誌『トラベルレジャー』はフィリピンのボラカイ島を『世界で最も優れた島』として認定した」(日経ニュース)というものだった。

 あのボラカイ島が…と懐かしく思い出したのは、1996年(16年前!)の正月休みに友達と出かけた島だったから。ダイバーの友達が美しい海へ潜っている間、ダイビングに興味のない私は、スケッチブックを持って島のあちこちでひたすら絵を描いていた。
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興味深かったのは、市場で売られている野菜たち。日本と同じキャベツやダイコンもあれば、バナナブルソンと呼ばれるバナナの花、タマリンという酸味のある豆などもあり、絵心をそそられた。ヒレのようなものがついた野菜は、描いた当時は珍しかったが、最近ではレストランで食べたこともあるし、家庭菜園でも作られているシカクマメ(沖縄のうりずん豆)ではないだろうか。
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ドリアンやタロイモは、いかにも南国の雰囲気。もっとも、ここ数年の京都の暑さは亜熱帯並みだから、京都の八百屋で見かけても違和感ないかもしれないが。

ボラカイ島はフィリピン中部に位置するリゾート地。ニュースによれば、昨年のランキング4位からトップに浮上したらしい。ちなみに、2位以下はインドネシアのバリ、エクアドルのガラパゴス諸島、ハワイのマウイ島、オーストラリアのグレートバリアリーフと、おなじみの地名が続く。

当時のアルバムを久しぶりにめくってみる。南北に細長いボラカイ島は全長約7キロメートル。白いきれいな砂浜が延々と続く。その砂浜に寝そべって、チチャロン(豚の腸を油で揚げたもの)をつまみにサンミゲル(フィリピンのビール)を飲みながら読書。半日150ペソ(600円)でMTBを借り、島をサイクリングしてみたり。
正月休みをリゾート地でのんびり楽しんでいたようだ。

そうそう。確か、島で市長の息子と知り合い、「君は日本のどこから来たの?」と友人が聞かれて、私には「君はマニラから?」と言われたのだった。えっ?私も日本人ですけど!と言うと、「マニラかインドネシアの人だと思った」と言われた。現地の人並みに、いや、それ以上に黒かったから間違われても仕方がないか…。
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これが、当時の私。
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# by dodo-55 | 2012-07-24 09:50 |

普段の暮らしをいきいき伝える「今和次郎 採集講義…考現学の今」(国立民族博物館)

 いやぁ、これも学問だったんだ。昔のことを調べて研究する「考古学」に対して、日常生活の細かな観察を記録し、新たな視点で魅力や問題を探る研究を「考現学」というのだそうだ。
 国立民族博物館、通称みんぱくで特別展示されていた今和次郎のスケッチの数々は、もう面白くて、楽しくて。例えば、「郊外風俗雑景」は「途上商人のいろいろ」とあり、洗濯屋、うどん屋など屋台や大八車、かごや背負子で物を売り歩商人が描かれている。「2時間歩いてみて当たった犬」というのは、黒、白、ぶちなど出合った犬の毛の色を描いて表にしている。そのほか、「おしめの文様」や「茶碗の割れ方」など、こんなものまで…と思うようなものを、細かく調べて描いている。つまりはデータ収集なのだが、絵で描くとともに、それがそのままグラフや表で表現されていて、調査の結果が一目見てわかる。そして、そこから人々の好みや時代背景、世相まで見えてくる。
写真ではなく、スケッチで集めているところがイイ。

  柳田國男らとともに日本各地から朝鮮半島まで農村住宅を調査し、民家や屋内の生活用具、周囲の自然環境を詳細にスケッチ。関東大震災のあとは、がれきからありあわせの材料でバラック住居を作り始める人々の様子を記録。さらに、建築家、デザイナーとしての活動。日常生活を考察する「生活学」「服装研究」などの領域に至るまで、今和次郎の採集仕事の数々は多岐にわたる。
 これらの展示と合わせて、岡本信也・靖子両氏の「超日常観察記」の興味深いスケッチやタペストリー、NHKの朝ドラ「カーネーション」で使用された衣装、京都の随筆家大村しげの家財道具なども展示され、盛りだくさんの内容だった。

 なんでもない日常の生活や暮らしのなかに、これだけいろいろな研究や仕事のネタがあるということに、あらためて気づき、「考現学」の面白さにはまってしまった。
 そして―。まてよ。私が普段よく描いている絵は、考現学になるんじゃないか…と思ってみたり。
身の回りの何でもないものを、なぜか描きたくなり詳細にスケッチしてしまう癖。これは考現学者になる素質ありか。何か意味や目的があって描いているわけではなく、趣味なのかもしれないのだが。
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区民運動会でもらった景品や
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ミスタードーナツでいつも選んでしまうお気に入りのドーナツなど。
こんな絵からも、そのときの時代や世相や流行まで考察できるとなると、これは面白い!
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# by dodo-55 | 2012-06-19 21:45 | 作品展・個展

むろまち子どもクッキング(5月)

昨年からスタッフとしてお手伝いさせていただいている室町小学校での「子どもクッキング」。今年度最初のクッキングは、「おすしとおすまし」。5月18日は毎年、近くの上御霊神社のお祭もあり、祭りといえばお寿司でしょう…ということで、今回は自分で工夫して具を飾る「ケーキ寿司」だった。
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食材には春を感じるキヌサヤやウドも使用。キヌサヤのすじ取りをしているとき、「こすり合わせるとキュッキュッと絹をこすった音がするからキヌサヤと言います」と栄養教諭の先生が説明。へぇ~、知らなかった。勉強になるなぁ。

今回のクッキングでは、こんなことができるようになる。
 ・すし飯(合わせ酢)が作れる
 ・昆布とかつおのだしをとることができる
 ・おすましを作ることができる
 ・卵のそぼろが作れる
 ・キヌサヤのすじ取りができる。ゆで方がわかる
 ・にんじんの型抜きができる。ゆで方がわかる
 ・自分で型におすしを詰めることができる
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すし飯をしゃもじで「切るように」混ぜるのは、ちょっと難しかったかも。
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なんといっても、子どもたちに人気だったのは、卵そぼろ作り。私が担当していた班では、きっちり10秒計って交代で混ぜていました。菜箸を何本かまとめて握ってかき混ぜていたら、あら不思議。卵がポロポロになっていく~。そのようすが楽しくて仕方がないようす。
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型抜きしたあとのニンジンや、ウドの皮はスタッフがまとめて千切りにし、ごま油で炒めてきんぴらに。だしを取ったあとのいりこや昆布を佃煮にしたり、毎回、食材を無駄なく使い切るのも、このクッキングの素晴らしいところ。
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おすましには、香りのいいウドを。ウドなんて、家庭でもあまり使うことがない。「ウドって食べたことある?」と子どもたちに聞いてみたら、「あるよ」。へぇ~意外。「家でお母さんが使わはるの?」「家ではないけど、(この)クッキングで。去年も食べた」 なるほど…。
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鮭フレーク、卵そぼろ、キヌサヤ、型抜きニンジン。お寿司の具がそろったら、
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牛乳パックを切った型にラップをしいて、すし飯を詰め、上から好きな具を好きなようにトッピング。
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ひし形にして、キヌサヤやニンジンで顔を表現したり、
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なんと、ハート型にした女の子も。
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具をてんこ盛りにしているのは、野菜好きな子? どうしても野菜がいやで、卵そぼろしかのせていない子もいました。
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いただきます!!

今回の参加者には卵アレルギーの子がいなかったので卵を使用したが、卵がダメな子がいた場合、高野豆腐とニンジンをすりおろしたものを混ぜて使う予定だったそう。ほんとうに細かいところまで配慮されていて、毎回感心するし、勉強になる。
子どもたちもほんとうに楽しそう。
 次回は7月。テーマは「お抹茶とお茶菓子」。涼しげな琥珀かんを作る予定。
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# by dodo-55 | 2012-06-16 17:22 | 食育

しみじみいいなぁ。芹沢銈介展

京都市文化博物館で開催中の芹沢銈介展をしみじみと見てきた。
初めて彼の作品を見たのは、静岡の芹沢銈介美術館で。もう10年くらい前になるだろうか。静岡へ出張中、静岡新聞社の方から「ぜひ見てください」と案内されたのだった。それまで名前すら知らなかったのだが、美術館自体の空間の居心地の良さ、作品の鮮やかな色使いとデザインに魅了され、芹沢ファンになってしまった。
2回目に見たのが、滋賀県のミホミュージアムで。この美術館も建物がすばらしいのだが、入れ物に負けない作品の存在感が印象に残っている。
3回目となる今回は、郡上紬の制作者である宗廣陽助氏のコレクション展。屏風、反物、のれん、染め絵など約100点が展示されていた。

特に今回の展示作品は、沖縄の紅型や民藝の香りがぷんぷんしていて、私好みのものばかり。作品紹介の文章に「柳宗悦の提唱する民芸の思想と出会い、沖縄の紅型の色使いに大きな衝撃を受け、自らの作風を確立した」とあり、どうりで…と納得。
沖縄土産や机まわりの文房具や本、農具や民具など、何気ない身の回りのモノをデザインした屏風などを見ては、そうそう、私といっしょやわ…などと、恐れ多くも型染の人間国宝を相手にしてその感性に共通のものを感じるという、ひそかなうれしい時間を楽しんだ。

芹沢銈介の作品は「いろはにほへと」などの文字や「春夏秋冬」などの漢字を染めたもの、「ばんどり図屏風」(「ばんどり」とはみのの一種。北陸中部地方の言葉)や「みのけら図屏風」に見られるような民具を染めたものなど、あまりにも日常すぎてデザインしそうにないものに美を見出して、独特の世界を作り出している。
これはまさに「日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に用の美を見出し、活用する」民芸運動ならではの感性だろう。

職人さんの使う道具や昔の日用品に妙に惹かれる私は、そういうモノを見ると「絵が描きたい」と思ってしまうのだが、これも民芸運動の影響?
何でもデータ化、バーチャルの世の中で、古くさいかもしれないけれど、リアルな形から感じる何か、愛しみの気持ちを大切にしていきたいと感じた。
どんなものでも、いいものはしみじみといいのである。
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# by dodo-55 | 2012-06-01 17:57 | 作品展・個展

空き家あります。

空き家あります。新築です。どうぞ、来てください。とでも、張り紙をしようか…。
5月1日にわが家の畑に置いたミツバチの巣箱。2週間過ぎても、ハチは来ない。今年の5月は、天気も悪いし、気温も低かった。ハチの動きも鈍っているのだろうか。

巣箱は親戚のおじさんが「これ、しばらく畑に置いといてくれへんか」と車で運んできた。
5月は分蜂の季節…ということは知っていた。分蜂とは、ハチが元の巣から分かれて新しい巣に移ること。おじさんは、重箱式というわれる巣箱と、キンリョウヘンという名前のランの鉢をセットでもってきた。
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これがその巣箱。一番下のわずかなすき間みたいな入口からハチが入るらしい。
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そして、この茶色い花がキンリョウヘンというラン。この花の香りがハチを誘引するのだそうだ。

それにしても、ニホンミツバチを育てたことも、間近で見たこともないのに、置いておくだけでいいのか?
あずかったからには、ハチが入るところを見てみたいし、「来たよ」と報告したい。
ネットで調べてみたら、キンリョウヘンはかなり効き目があるようで、マンションのベランダに設置しておいた人が、分蜂に成功した例もあった。

ニホンミツバチは野生のハチで、木の洞や床下、墓の中、天井裏などに巣を作るらしい。分蜂は、新しく生まれた女王蜂が巣立つのではなく、もともといた母親の方の女王蜂が働きバチを引き連れて巣を出るのだそう。そのなかで、探索蜂とよばれる偵察隊のハチたちが新しく巣になりそうな場所を探し、いい場所を見つけたらほかのハチを連れて引っ越すそうだ。

畑には巣を設置したとき、イチゴやスナップエンドウ、ソラマメの花が咲いていたし、実もなっていたので、ハチは飛んできてはいると思う。でも、いまだに新築の家は空き家のまま。お気に召さないのだろうか…。単に気づかれていないだけ?ハチが入るか、入らないかは運まかせなのかなぁ。
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# by dodo-55 | 2012-05-15 22:02 |

カラスノエンドウの隣には

息子の野球の試合の応援のため、ある球場に行ったときのこと。
球場の周辺は公園になっており、野球関係者だけでなく、親子連れで遊んでいたり、犬の散歩に来ている人もちらほらいる。
そろそろ試合が始まるな…というとき、ピーピーと懐かしい音が後ろから聞こえてきた。思わず振り返ると、小さな女の子がカラスノエンドウの笛を鳴らしていた。
私も小さいころは、よく吹いたものだ。シービービーと呼んでいたのだが、音の感じからそう言っていたのかな? カラスノエンドウのさやを口にくわえて吹くやつだ……あれ?どうやって作るんだっけ? 昔よくやった草遊び。シロツメクサで王冠を作ったり、エノコログサを虫に見立てて、握った手の中からモコモコと出してみたり…。今は作り方を忘れてしまって、できない。

シービービーを吹いている女の子はおじいちゃんと一緒にいた。たぶん、おじいちゃんに教えてもらったのだろう。昔のように身近に原っぱもなくなってしまったけれど、公園や河原には今もときどきカラスノエンドウやシロツメクサ、オオバコなどを見かける。今の子どもたちは、草花を見つけても、それで遊んだりはしないのだろうな。
数日後、自転車で近所を走っていたら、またシービービーが聞こえた。今度は小学校低学年ぐらいの男の子が吹いていて、横にはおばぁちゃんがいた。やっぱり、草笛の吹き方を知っているのは、祖父母世代なんだなぁ。
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カラスノエンドウは「カラスのエンドウ」かと思っていたら、「烏野豌豆」だった。野に咲くエンドウのさやが黒く熟すのをカラスにたとえたのが名の由来。ちなみに、カラスより小型のスズメノエンドウ、カラスとスズメの間という意味のカスマグサもある。
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# by dodo-55 | 2012-05-07 20:25 | 草花

桂高校のキュウリ

キュウリの旬には早いのだが、食卓に細い短いチビキュウリが並んだ。
「これな。桂高校の生徒さんが作ったキュウリなんやて」と母。
出町柳の桝形商店街のなかの八百屋さんで売っていたらしい。
息子はもろみをつけて、ポリポリとあっという間に食べてしまった。

昨日、仕事の帰りに商店街を通ると、八百屋さんの店先で見つけた。
普通サイズのキュウリの横に、チビキュウリが何本かパック詰めされて並んでいる。
「桂高校で作った胡瓜」と手書きのポップつき。これか。1パック200円。2パック購入。
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今の季節だからハウス栽培のものだろう。まだ、株が小さいので最初のうちにできた実は、早めに採ってしまい、株の成長に栄養をまわさなければいけない。今だけお目にかかれるミニサイズのキュウリたち。生でポリポリを楽しめるのは、夏の朝採りだけ…と思っていたら、うれしい季節はずれに出会えた。
「あ。あのキュウリや!」と、食卓のチビキュウを目ざとく見つけた息子。
やはりマヨネーズではなく、もろみをつけてポリポリ食べている。
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# by dodo-55 | 2012-04-25 15:29 | やさい

第2回モクモク全国食育交流フォーラム2012・講演(2)

ある女子大生が書いた作文が紹介された。
 
 大学入学が決まり、親と離れて下宿生活をすることになり、明日が引越しという日の夜。いつもは遅くなる父親も「今日は最後の晩だから」と早めに帰宅し、「今日は忙しかったけど最後だし、がんばって作ったよ」という母親の手作りハンバーグで、妹、弟と共に家族5人最後の食卓を囲むことになる。
ハンバーグはありふれたメニューだが、家族みんなが大好き。いつものありふれた食卓で、ハンバーグを一口食べたとたん、涙があふれて止まらなくなる。まさか泣くなんて思ってもみなかったのに、次々涙がこぼれる。「あれ?泣いてるの?あなたが泣くとは思わなかった」と言いつつ、もらい泣きする母。さりげなくティシュを差し出してくれる父。いつも通りふざけあいながら、ハンバーグを取り合いする兄弟。涙と鼻でグショグショになりながら食べ続けたハンバーグはとてもおいしかった。あの日の味は一生忘れないだろう…。というもの。

 ハンバーグを一口食べただけで涙があふれ出る。この女子大生は作文のなかで、「あのハンバーグにはすごい力があった」と言っている。けれど、すごいのはこの子の心。お母さんのハンバーグを一口食べただけで涙があふれ出るほど、この子のやさしい気持ちや親に対する感謝の気持ちが育まれていたということ。
 誰がこの心を育んでいたのかというと、お父さん、お母さん、兄弟も含めた家族。娘のことを思って早めに帰ってきた父親。忙しくてもファミレスに行くのではなく手作りでハンバーグを作ってくれるお母さん。「あなたのことが大事」と思わせてくれる両親がいたから。

このように家族とともに食卓を囲み、大切に育てられてきた子どもたちが大学生になり、母親がしてくれたのと同じように手作りの食事をしているかというと、そうではない。
今どきの大学生の食事の実態は……。

「何を食べましたか?」というアンケート調査の一部(2009年のデータ)

学生A 昼:食べてない 夜:コンビニ弁当 朝:食べてない
学生B 昼:おにぎりとブラックサンダー 夜:カルボナーラ・コーンスープ 朝:食べてない
学生C 昼:サラダ 夜:アイス 朝:食べてない
学生D 昼:イタリアンバイキング 夜:もみじ饅頭・ミルクティー・スナック菓子 朝:インスタントスープ・もみじ饅頭・スナック菓子
学生E 昼:マクドナルドでハンバーガー 夜:インスタントラーメン 朝:食パンとコーヒー
学生F 昼:パン 夜:パン 朝:パン
学生G 昼:学食でカレー 夜:ファミレスでねぎとろ丼 朝:コンビニおにぎり
学生F 昼:なし 夜:焼きラーメン 朝:アイスクリーム

 都会の大学、田舎の大学、私立、公立は関係なく、全国どこでもこんな感じ。
自炊をしている大学生はほとんどいない。
こういう大学生が社会人になり、急に料理ができるようになるか、結婚して子どもができるとできるようになるかというと、そんなことはない。
こういう若者が親になるとどうなるか。

 赤ちゃんの離乳食コーナーが充実している。
若いパパとママたちは、子どもにこの離乳食を食べさせる。
しばらくすると、赤ちゃんも自分で何でも食べられるようになる。大人と同じものを食べられる。そのとき、若い親たちは料理を作るようになるか?

 保育士130人にとったアンケート。「最近の保育園児の食生活で気になること、驚いたことは何ですか?」
・朝ごはんを食べていない子どもが多い
・朝ごはんにケーキだけ、シリアルだけ、果物だけ、プリンだけ
・朝ごはんにポッキー。1歳児の朝食がカップラーメン
・朝ごはんにみそ汁を飲んだことがない
・朝ごはんにパンを食べる家庭が4割
・朝食ぬきのせいか、10時のおやつをガツガツ食べる。昼食までもたない
・夕食に外食が多い。マクドナルドやファミレス、焼肉店など
・夕食にラーメンが何日も続く
・夕食がコンビニ弁当やファーストフード
・日曜になるとマクドナルドへ行きたがる
・子ども連れで21時すぎに居酒屋で食事をしている家庭がある
・外食の話が多い。1歳児のごっこ遊びにハンバーガー、ポテトなどの言葉が出てくる
・「一番好きな食べ物は?」と聞くと、「ラーメン!」と答え、そのラーメン屋さんの話で盛り上がっていた

 今どきの保育園児はこんな感じ。でも保育園児に責任があるかといえばそうではない。
問題なのは、この子たちの親。では、この親たちを責めて問題が解決するかといばそんなことはない。この親たちも社会が作り出した被害者。そうやって育てられてきた。
いい成績をとりなさいよ。いい大学に入りなさいよと言って育てられた。「お母さん、なんか手伝おうか」と子どもが言っても、「宿題すんだの?宿題を先にしなさい」と言われ、料理をするより家事をするより、勉強をする方が大事という価値観が生まれていく。親に言われるがまま、一生懸命勉強し、いい高校、いい大学に入り、自炊能力のまったくないまま親になっていく。
こういう親も社会が生み出した結果。だから親を責めているだけでは何の解決にもならない。でも何かを変えていかなければならないー。

************    ***************  ********************  

 佐藤先生は、最近の大学生や保育園児たちの食生活の現状を報告したあと、この現状を変えていくきっかけとして、「弁当の日」の取り組みについて話をされた。

 「弁当の日」は2001年に、香川県の滝宮小学校の当時の校長・竹下和男先生が始めた。
家庭科で調理実習のある5・6年生が、月1回の「弁当の日」に自分で作った弁当を持ってきて給食の時間にみんなで食べるというもの。
たった1校から始まったこの取り組みは、全国の小・中学校、高校、大学にまで広がり、2012年現在、実施校は1000校を超えた。

 「弁当の日」を始めた竹下先生が、「弁当の日」を卒業した最初の6年生に贈った言葉がすばらしい。

 ********** *****
   あなたたちは「弁当の日」を2年間経験した最初の卒業生です。
  だから11回、「弁当の日」の弁当づくりを経験しました。
 
 「親は決して手伝わないでください」で始めた「弁当の日」でしたが、どうでしたか。
  
  食事を作ることの大変さが分かり、家族をありがたく思った人は優しい人です。

  友達や家族の調理のようすを見て、技を一つでも盗めた人は、自ら、学ぶ人です。

  細やかな味の違いに調味料や隠し味を見抜いた人は、自分の感性を磨ける人です。

  旬の野菜や魚の、色彩・香り・感触・味わいを楽しめた人は、心豊かな人です。

  一粒の米・一個の白菜・一本の大根の中にも「命」を感じた人は、思いやりのある人です。

  食材が弁当箱に納まるまでの道のりに、たくさんの働く人を思い描けた人は、想像力のある人です。

  自分の弁当を「おいしい」と感じ、「うれしい」と思った人は、幸せな人生を送れる人です。

  シャケの切り身に、生きていた姿を想像して「ごめん」が言えた人は、情け深い人です。

  登下校の道すがら、稲や野菜が育っていくのを嬉しく感じた人は、慈しむ心のある人です。

  「弁当の日」で仲間が増えた人、友だちを見直した人は、人と共に生きていける人です。

  家族が手伝ってくれそうになるのを断れた人は、独り立ちしていく力のある人です。

  「いただきます」、「ごちそうさま」が言えた人は、感謝の気持ちを忘れない人です。

  家族がそろって食事をすることを楽しいと感じた人は、家族の愛に包まれた人です。

  先生たちは、こんな人たちに成長してほしくって2年間取り組んできました。
  
  おめでとう。

  これであなたたちは、「弁当の日」をりっぱに卒業できました。

********** *****  (『弁当の日がやってきた』竹下和男著・自然食通信社より)


「弁当を作る」ということを通じて、子どもたちは企画力、段取り力、自己管理力を獲得していく。

昔なら、家庭での家事や仕事などの手伝いを通じて、こういう力を自然と身につけていたのだが、今はその機会もほとんどない。

子どもには本来、自分でできる力があるのに、それをさせない大人たち…。

私たち大人が、考えて行動しなければいけないし、時間をかけて見守っていかなければならないようだ。




  
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# by dodo-55 | 2012-03-30 17:00 | 食育

第2回モクモク全国食育交流フォーラム2012・講演(1)

ある男子中学生の両親は共働き。忙しいので子どもにお弁当を作る暇がない。母親は子どもに毎日500円渡して、コンビニで好きなものを買うように言う。
最初のうち子どもは、好きなものを買えるのがうれしかった。まわりの子どもたちも、「毎日好きなものが食べられていいなぁ」とうらやましがっていた。
けれど、しばらくすると他の子のお弁当がうらやましくなる。お母さんの手作り弁当が食べたい。けれど、忙しい母を見ていると言い出せない。
そこで、「月に一度だけでいいから作ってくれない?」と頼んでみた。
母親は案の定、困った顔をして、「私が毎日どれだけ大変か知っているやろ?500円渡せるのも毎日一生懸命働いているから。これ以上、無理言わないで」と言う。
子どもはとても悲しそうな顔をして、「お母さん。毎日作ってって言ってないやろ。月に1ぺんだけ。月に一日作ってくれたら他の日はがまんできるのに。月に1ぺんだけ早起きして俺のために弁当作る時間もない? そんなに仕事って忙しい?そんなに仕事って大変?あんたを育てるために一生懸命働いてるのよって言うけどさ、俺、一回だって産んでくれって頼んだ覚えないよ。そんなに仕事が大切なんやったら、俺なんか産まんったらよかったやん」と言う。

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こんな例え話から始まったのは、九州大学大学院助教の佐藤剛史先生の講演。
昨年に続いて参加した、モクモクファームの「全国食育交流フォーラム」での基調講演。
今回も深い内容のお話だったので、講演の内容をまとめてみた。

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もし、食べるということが健康な体とか、体を大きくするためだけなら、コンビニ弁当だけで十分カロリーは足りる。野菜が足らなければ、サラダを足せばいい。それでも微量ミネラルが足らないというなら、サプリメントがある。
そういうことではない。この子が一生懸命訴えているのは、「お母さん、ぼくのこと大事? ぼくのことが大事なら、月に一ぺんぐらいお弁当作ってくれてもいいやろ。ぼくのことより、仕事の方が大事なんやないの。弁当作ることで証明してみせてよ」ということ。

「お父さんお母さんがあなたのことが何よりも大事だ。あなたが喜んでくれるのならご飯ぐらいいくらでも作るよ。あなたにはそれだけの価値がある」。そういう見えないメッセージをいかに日々の暮らしのなかで届けていくか。それによって、子どもは「自分は大切にされているんだ。お父さんお母さんはこんなに自分のことを愛してくれているんだ。お父さんお母さんを絶対に悲しませたくない。悲しむようなことは絶対しちゃいけない。自分の命、自分の人生を大切にしよう」という自己肯定感が育まれていく。
「食卓」が子どもの心を育むのだ。
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# by dodo-55 | 2012-03-20 21:11 | 食育